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最高のバナー“Not in my lifetime” ~マンC優勝 [海外サッカー]

 そのバナーは、ロスタイム終了後、ピッチに乱入してきたサポーターの一人によってTV画面に登場した。
「Not in my lifetime」
省略せずに書くなら、I never imagined my team would win the Premiere League in my lifetime.となるのだろう。
「自分の生きている間に、我がマンチェスター・シティがプレミアで優勝することなど無いと思っていた」と訳せるか。

プレミアの放送中にスタンドのバナーが移されることは多々あるが、これほどまでに、その場の劇的な勝利について、言いえて妙のものにはついぞお目にかからなかった。

勝利しか優勝の望みがないのに、90分が終了して1-2とAWAYのQPRにまさかのリードを許す。
しかも、相手は10人だ。自陣PA内に閉じこもって、守るしかない状態。
だが、シティは攻めあぐねた。

ジェコ、バロッテリを投入して上から下から怒涛の攻め。

ロスタイム、何本目かのCKをダシルバがけると、ゴール前、ワンフェイクいれて飛び上がったジェコにドンピシャリ、これで1点差。

さらに、もうあと1分でロスタイムも終わるかというところ、ゴール前の混戦からアグエロが絶妙の持ち出し二あにズドン。

TVカメラが揺れる。画面がぶれる。スタンドが揺れた。
そして、コーナーフラッグ付近に歓喜の輪ができた。
こんな試合をTVとはいえ見れるのは、まさしくNot in my lifetimeだ。


試合後の優勝セレモニーでシティのレジェンドが登場したが、懐かしい顔をみつけた
ジョー・コリガンに続いて、何とトニー・ブックがいたのだ。
1976年5月にシティが来日して、まだアマチュアだった日本代表と親善試合をやったときの監督。
当時38歳だったから、もう70くらいか。
なぜ、覚えているかといえば、その試合の残り5分で監督自ら選手交代してピッチにでてきたからだ。
ずいぶんと、当時の日本代表もなめられたものだと覚えている。ちなみに、日本には永井・奥寺・落合・大仁・清雲らがいたのだが、試合は主力のデニス・チュアートらの得点で、シティの3-0完勝。

聞けば、シティがタイトルをとるのは44年ぶりとか。



昨年のなでしこのW杯優勝時に同じ思いを馳せた日本人も多かったのではないか。
いつ、日本の男子チームに対して「Not in my lifetime」と叫べる日がくるのだろう。
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2012ロンドン五輪最終予選バーレーン戦~Oneトップの罠 [日本代表]

試合開始直後の日本の布陣をみて、おやっと思った。
FWは大津のOne トップで、MFに左から原口、東、清武と並んでいた。
今回の予選で召集できた2試合では大津は、サイドMFでボールに多く触ることでチャンスメークしていたことからすると「?」が頭に浮かんだ。
2012年3月14日国立競技場。

案の定、後方からの楔のパスが大津に収まらない。大津自身は、手を挙げて必死にボールを呼び込み、DFの裏にフリーランを何度も見せていた。しかし、肝心なところで、相手DFの圧力で自身のトラップが流れたり、裏を取れる場面で味方のパスがでてこなかったりとかみ合っていなかった。
ボールがFWに収まらないから、MFも飛び出せない。
こうして、前の方の選手の動きが減少していった結果、せっかくボールを奪っても、MFがパスの出しどころに窮して、横や後ろにゆっくりとボールを回すシーンが増えていった。
前半を観る限り、Oneトップが機能しているとは言い難い状態であった。

なにやら、先般のフル代表。ウズベキスタン戦の録画テープを観るようであった。

震度5の地震の起きた後半10分過ぎになると、バーレーンの動きがやや鈍ってきたのか、日本のワンタッチ、ツータッチのパスがようやく回りだす。
ピッチをワイドに使ったパス回しにより、サイドでも左の比嘉、右の酒井のポジションが高くなってきて、攻撃参加の回数が目立ち始める。

そして、電光石火の1点目がネットを揺らした。
原口が比嘉とのパス交換から左PA奥深くに切れ込み、マイナスにクロス。
3列目から扇原が長躯して、利き足と逆の右インサイドでジャストミート。
見事にネットを揺らして、日本に歓喜の輪ができた。

日本の攻勢が続く中、同様な形で、今度はMF東が左PA奥に切れ込み、DFとGKの間に高速クロスを放つ。大津がDFともつれてつぶれ、ボールは右サイドに。
ここに清武が2列目~飛び出してきて、インステップでズドン。
再び、ネットが揺れた。

こうして日本の5大会連続の五輪出場が決まったのだが、改めてOneトップは今後の戦術も選択肢に入るのかと考えさせられた試合内容だった。

現在、欧州のクラブチームでもFWはOneトップ、サイドMFに快速ウイングタイプか技巧派タイプを配するのが主流になっている。
しかし、OneトップのFWにボールが収まらないと、チーム全体に前への推進力が失われ、攻撃が途端にトーンダウンしてしまうのはどこも同じだ。
Oneトップでは、ボールの受け手は1人。相手DFも的が絞りやすいため、FWがよほど屈強なタイプでない限り務まらない。これがいわゆるOneトップの罠である。
日本のフル代表でもOneトップの人選に苦しんでいる。ハーフナー、李、前田と誰も決め手に欠ける。
U-23にも指宿という隠し玉があるが、チームにフィットするかは未知数だ。
一方、本戦出場の強豪国には、屈強なDFが並ぶだろう。

それなら、いっそのこと、一時期ローマFCでスパレッティ監督が成功した零トップを採用してはどうなのか?
MFに6人並べて、ショートパス主体で2列目から奔放な飛び出しを攻撃の軸とする。
さらに、サイドDFのオーバーラップで厚みを加える。
U-23のメンバーのスキル、ストロングポイントを考えると、ベストの戦術に思えるのだが・・・

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祝!バロンドール受賞 澤 穂希~皆の思いを胸に [日本代表]

 アメリカの先制点で、あまりのフィジカルの差に度肝を抜かれ、ワンバックの勝ち越しゴールに打ちひしがれた。
翌朝の新聞の「感動をありがとう」というマスコミの常套手段である幕引き見出しが目に浮かんだ。

そして、延長後半の澤の「オオワシの翼」による同点ゴールの後は、TV画面が涙で滲んで見えなくなった。

 まるで、ジェットコースターのような120分間の戦い。

あきらめるな、顔を上げろ、前を向け。
澤のプレーの一つ一つにメッセージが込められていた。
東日本大震災で傷ついた日本国民にどれだけ勇気、元気を与えてくれたか。


あの暑い夏の日から はや半年。
そして、2012年1月9日、ついに日本人がバロンドールを受賞するのを目の当たりにする幸運に出くわした。
W杯MVPおよび得点王のだ。

いや、前言訂正。「幸運」ではなく、「彼女が自分の夢を成就させた場面」が正しい。
彼女によれば、夢は願うものではなく、叶えるもの。
サッカーの神様が、人生のすべてをかけて夢をかなえようとする澤に微笑みかけたのだろう。

FIFA本部で行われた2011バロンドールに残ったのは、ブラジルのマルタ、アメリカのワンバックと常連に加えて、日本からなでしこの澤が最終候補に残った。
ご存じない方のために説明すると、この賞は日本のプロ野球オールスターやAKB48の総選挙と違い、自国のファンが投票するのではない。各国の代表監督と主将および世界のサッカー記者が、自国以外の選手に投票しして受賞者を決めるのである。従って、情実とか組織票の入りこむ余地はなく、相手からいかに恐れられ、いかにリスペクトされたかが判断基準になる、まことに公正かつ価値のある世界最高のサッカー選手にふさわしい賞だ。

男子でいえば、メッシ、Cロナウド、古くはクライフ、ベッケンバウアー等が受賞している。
女子とはいえ、自分が生きている間に日本人が受賞する日がくるなんて・・・・



改めて、Comgratulations!Sawaだ。

トロフィーの重みは、今まで日本女子サッカーに携わった人たちの苦労の大きさと言ったコメントも澤らしい。

いまやFOOT!の解説者となった、初代女子サッカー監督の鈴木良平さんは、どのような思いでこの言葉を聞いたのだろう。
佐々木監督の帝京高校時代のチームメートで女子代表監督経験者の宮内聡さんはどこで、この報に接したのだろう。
女子サッカー創世記から続く実践女子大のOBチーム、パフの大原智子キャプテン(弊ブログ参照)は、どんな気持ちなのだろう。そして、そのチーム監督の大住良之さんは・・・
さまざまな女子サッカー関係者の熱い思いがこの受賞の背景にある。

これからは、もう、女子サッカーの広告塔になるのはやめて、おそらくキャリア最後の大舞台となるであろうロンドン五輪に向かって、体調を合わせてほしい。

今度は、日本国民があなたに勇気を与える番だ。

私には見える気がする、Wembleyの表彰台で澤が金メダルを胸にかけている姿が。


バロンドール2012.jpg


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判官贔屓~2012年元旦 天皇杯決勝 [Jリーグ]

試合開始前のメンバー発表を見れば
FC東京の圧勝と思われるほどの差があった。石川、羽生、徳永、今野、森重等の新旧日本代表、U-23代表がずらりと並ぶFC東京に対して、京都では、せいぜい工藤浩平とJの有名外国人ドトゥラくらいしか名前を聞かないメンバーが並ぶ。

だが、サッカーの試合はやってみなければわからない。
先制点は、何と京都。

すぐ東京もキャプテン今野のヘッドで追いつくのだが、一進一退の攻め合いが続く。
全盛期を思わせるような東京の石川のダイナミックな走りと異次元の速さ。今野のカバーリングと森重の強さを併せ持つCB、ルーカスの決定力と、これでよくJ2に降格したのかという戦い方だった。

一方、京都はタッチライン際を中心に、ボール保持者に2人が角度をつけて5m程度の三角形にサポートに寄って、やわらかいタッチでボールを回す。
そして、その三角形に加わらなかった第四の選手がオープンスペースにフリーランして、そこに三角形からパスがでて敵ゴールに向かうというやり方。
まるで、フットサルのような戦術だ。

どこかで見た戦術だと思ったら、J1にいたころの甲府の戦い方に似ていることに気付いた。
それもそのはず、現京都の監督の大木さんは、日本代表で岡田さんのコーチに就任する前は甲府の監督だった。当時、甲府と対戦したジェフ千葉のオシム監督がこの戦術を観て感嘆した話は有名だ。

それでも、試合結果は2-4の敗戦。
何がたりなかったのか?

おそらくは、国立の芝が深かったこと以外にも、緩急のないパスの連続で相手が慣れてきて足にひっかけやすくなったこと。
ぺナエリア内での突破力・決定力が役者不足も手伝って、今一歩だったこと。

4バックから3バックへ、最後は2バックにしてまで攻めたため、DFの背後に空いた大きなスペースに石川やルーカスが容易に飛び込めたこと。などだろう。


パススピードのアップと、相手ボールになった瞬間からの守備の徹底が図れれば・・・

もしかすると、単なる判官贔屓にならずに、このサッカーが現在世界最強のバルセロナに通じるものになるのかも知れない。
ましてや、大木さんとコンビを組むのは、ジェフでオシム等の名将を欧州からつれてきた祖母井GMだ。

ここ数年は京都から目が離せなくなるだろう。

いい初夢を見させてもらった。


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大和”なでしこ”魂~2011女子ワールドカップ決勝を前に [日本代表]

 サッカージャーナリストである大住良之さんが女子サッカーについて語るのを聞いたことがある。
「男子選手は、限界の一歩手前で根を上げる。しかし、女子選手は、限界を破ってがんばってしまう。従って、試合後に全身痙攣をおこして、皆が20分も介抱しないと立ち上がれないこともある」

氏は、元サッカーマガジン編集長で現在は、NIKKEI.comにもサッカーコラムを持ち、そのわかりやすい文章が評判の方だが、実は、もうひとつの顔を持っている。あまり知られていないようだが、女子サッカーチーム「PAF」の監督を長年おやりになっているのだ。

その大住さんが、チームのキャプテン大原さんと一緒にトークしたときの話が前述のものだ。

澤キャプテン率いるなでしこジャパンが、決勝に進出するまでの戦いぶりを観て、この言葉を思い出した。

なでしこの戦術がバルサと類似しているとの指摘が多いが、実際は日本の男子代表の戦術を導入していることがわかる。チームの心臓部である澤と阪口のボランチを中心に2~3人による連動したプレスからのショートカウンター、オフサイドトラップ。ショートパス主体のポゼッション。ボールのないところでの第三の選手のフリーランニング等々。

ここまでの なでしこ の相手で、同様なプレスを絡めた組織的な守備をしていたチームは皆無。
なぜなら、これらの攻守一体のサッカーを実践するにはかなりの体力を要するからだ。

ベスト8でのドイツとの120分の死闘。
後半、下腹部を強打した澤が、ピッチに倒れこみ、悶絶する。だが、担架で外にだされて数分後には何気ない顔でピッチに戻った。
また、決勝点を挙げた丸山がアップになったときに、滝のように流れる汗と疲労で苦痛にゆがむ顔がTVに映った。
相手との体格差を考えれば、小柄ななでしこの選手が痛むのは必然か。

準決勝で自分のパスミスで失点してしまった澤が、後半、自らヘッドで得点をとってミスを帳消しにした精神的な強さを見せた。

彼女らは肉体的な苦痛を克服した。
決してあきらめず、最後まで戦うという精神力を見せた。
これぞ、なでしこの大和魂だろう。
だから、地元ドイツのファンでさえ、自国のチームが敗れても、なでしこに声援を送ってくれる。


頂点は、すぐそこだ。
ここまで来たのは、決勝で負けるためではないはず。
悔いを残さず、精一杯戦ってほしい。
もう一度、自分の限界を超える大和魂を見せてくれ。

その結果、たとえ、なでしこの選手がピッチに倒れこんでも、満員になるであろうスタンドの観客の誰も、あなたたちを見捨てたりはしないだろう。
そして、早朝からTVの前で観戦する日本のファンは、あなたたちと共にいる。


咲かせろ!なでしこの大輪。
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続・それでも恋するFCバルセロナ~10/11 UEFA CL決勝 [海外サッカー]

 試合翌日の現地新聞に載ったガリー・リネカーのコラムを紹介しよう。
「Previlege to watch Beauty and the Best
今、サッカー界は贈賄だ不正誘致だと煩わしい話題が多いが、今日の試合は、まさしくその解毒剤になった。この試合に連れてきた私の3人の息子たちには言ってきかせた。今宵、目の前でバルセロナにより開かれたFOOBALLの新しい歴史の一幕を決して忘れないようにと」

2011年5月28日土曜日、UKはロンドンのサッカーの聖地Wembleyで開催されたChampions league決勝、バルセロナ対マンチェスターユナイテッドの一戦である。

試合は、ご存じの通り、3-1(前半1-1)でバルセロナが2年前の決勝に続いて、同じ相手を完膚なきまでに破った。
マンUの先発メンバーが誤っていたとか、戦術が違うとかいう次元の問題ではなかったと思う。
TVシリーズStar Gate SG-1のジャック・オニール大佐の言葉を借りれば、「おい、カーター。なんでジャクソンは”高み”に登っちまったんだ!」となる。    
人間界にはバルセロナの展開するフットボールに勝てるフットボールを有するクラブは他には存在しないということだ。
それぐらいの差が両者の間にあったと思う。

中盤でプレスをかけられても、シャビ・イニエスタ・メッシがショートパス、ミドルパスを織り交ぜ、バイタルエリアから敵ゴールに迫る。
ポジションチェンジで作りだされるスペースに、すかさず第3のプレーヤーが走りこむ。
パスの速さは、シュート並みだ。
ゾーンでマークの受け渡しをするマンUは、最後は相手の動きに首を振るだけ。

まれに、この3人の動きを止めても、ぺナエリアの角に待つビジャ、ペドロがフリーになって、そこにスルーパスがでて、得点につながる。1点目と3点目がそれだ。
両方とも、マンUエブラのポジショニングのミスともいえるが、先にも述べたとおり、それ以上に、両者の格差が原因だったろう。

そこもつぶされたなら、最後にはメッシのスーパードリブルとヒザ下の鋭い振りで打ち抜くシュートが待っている。
それが2点目だ。

俗に、サッカーを語るときに、この選手は何歩目からトップスピードになるとかいうが、メッシは、1歩目からトップスピードになれる。
私の長いサッカー観戦歴で、同じ感覚のプレーヤーはヨハン・クライフだけだ。
そういえば、クライフの自伝に「美しく勝て」というのがあったっけ。

今シーズン、彼らが敗れたのはモウリーニョ率いるレアルの守備的サッカーのみ。
それは、相手の良さを消してカウンターで少ない好機を生かして勝つ、勝負偏重のフットボール。

皆さんにあえて問う。
どちらのサッカーに、フットボールの魅力を感じますか?
Beuty and the Bestですか、それともBeuty and the Beast(美女と野獣)ですか?

強すぎるが故に、こんな比較までしたくなってしまう。
だから、”それでも恋するFCバルセロナ”なんです。



フットボール万歳!!


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ヒルズボロの悲劇を忘れるな~老朽化するプレミアリーグのスタジアム [海外サッカー]

2011年3月31日付けの記事を見て我が目を疑った。

つい先日、リバプールの本拠地Anfieldで、ヒルズボロの犠牲者を悼んで建てられたmemorialを見てきたばかりだったからだ。


この事件は、1989年にリバプール対ノッティンガム・フォレストのFAカップ戦が、中立地であるシェフィールドユナイテッドのホームであるヒルズボロで開催された際に、立ち見席のキャパ以上に観客が押し寄せ、多くのサポがたったまま圧死したものだった。
もともと、立ち見席はフーリガンのたまり場ともなっていたため、その対策のためにも立ち見席は廃止され、シーズンチケット保有者優先の現在の入場システムが出来上がった。

だが、この問題は立ち見席の有無だけではないというところだ。
私は、ここ2,3年でプレミアリーグ20チームのうち、7チームのスタジアムを実際に体験してきた。
そして、2,3の例外を除いて、どこも老朽化が激しいということに気付いた。
以下のリストを観て頂きたい。もちろん、改修は行われてるだろうが、当初の建設日から100年たっているものもある。
マンU     Old Trafford    1949年建設
リバプール  Anfield       1884年

バーミンガム St.Andrews    1906年
チェルシー  Stamfordbridge  1876年

スパーズ   White Hart Lane 1899年

アーセナル  Emirates     2006年

Wembley               2009年


スタジアムの屋根を支える支柱が、バックスタンドに数本あるスタジアムも多い。
退場の際に、多くの観客を短い時間で外にだせない構造的欠陥のあるスタジアムもある。
木製の椅子、狭く、数の少ない出入り口。人が通るには狭い通路。
Wembleyのスタジアムツアーの参加した際に、ガイドは10分で9万人の観客を外に出せると自慢していたが、これが標準であってほしい。

アメリカのNFLのスタジアムもほとんど、同じ基準で造られていて、特に出口への階段をなくして、螺旋状スロープで下まで降りてゆける構造になっていた。

FAは、2018年にW杯を招致して、その際にスタジアムの一斉改修を考えていたのかもしれないが、W杯は当分UKには来ない。

ロンドン五輪のメイン競技場をスパーズとWest Hamが奪い合ったのにも、この辺の事情が絡むとみるべきだろう。
そして、高騰する選手の年棒や移籍金のためにスタジアム改修費すらままならなにのは、リバプールやマンUを観ればわかる。特にレッズの前オーナーなどは、スタンレーパークに7万人収容の新スタジアムを作るとぶちあげたが、つるはし一本つけずにその座を追われた。

日本と違って地震の恐れはないが、失火・暴動は起きてもおかしくない。ましてや、立ち見席に失業中の若者が酒を持ち込んで喚きだしたらどうなるだろう。

狭くて、少ない出口に数万人の観客が一時に殺到したら、力のない子供、ご婦人たちが下敷きになり、多数の死傷者がでるのは明白だ。

もう一度考えるべきだ、なぜYNWAがAnfieldで歌われ続けるようになったのかを。
ヒルズボロの悲劇の教訓を忘れてはならない。



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聖者の行進~スパーズがCL8にやってくる [海外サッカー]

勝利を確信して、When The Saints Go Marchin' Inのチャントがスタジアムにこだまする。
ここは、LondonはWhite Hart Lane。スパーズのホーム。2011年3月9日(水)、UEFA CLベスト16の対AC Milan 2nd legの試合を観てきた。



1st legを1-0で勝利しあっため、引き分け以上でスパーズは次のラウンドに進出できる。
ちなみに、スパーズは初めてのCL決勝T進出。従って、3万6千のフルハウス。

開始から攻勢に出たのは、以外にもミラン。
パト、ズラタン、ロビーニョが次々とスパーズゴールに迫るが、3本のきわどいシュートもぎりぎりで、DFギャラスやGKゴメスに防がれる。

特に、26分に放ったロビーニョのシュートは、ゴールライン上でギャラスがかろうじてクリア。スパーズ最大の危機だった。

惜しむらくは、FW3人に配給するピルロが欠場していること。だから、FWが前を向けたときはビッグチャンスだが、時間の経過とともに、それが少なくなってきた。


スパーズは、1トップのクラウチをターゲットに、ロングボールを蹴って、こぼれたところをV.ファールトやモドリッチが飛び込む。だが、微妙に合わない。
また、1st legで活躍したレノンも、この日はDFのアバテやモッタのダブルマークに封じこまれた。


こうなると知将レドナップの頭には、このまま逃げ切りという選択肢になったのだろう。
後半残り20分で、負傷から癒えたベイルを交代出場させたが、これも単なる見せ球。
まだフィットしていないベイルには、モドリッチもパスを出さないし、昨年見せた爆発的な突破は影を潜めていた。

結局、0-0で終了。2戦合計で1-0でスパーズ。
ボール支配率は、ミラン63%、スパーズ37%,枠内シュートはミラン4本、スパーズ1本。MOMは、ミランのT.シルバだった。

あとで、メガストアの店員にnice gameと言うと、「defensive」という言葉が返ってきた。

今季のスパーズは攻撃面がクローズアップされてきたが、こういう戦い方でも勝てることを示した。まだまだ、のびしろのあるチームに感じた。



これは、AnfieldでのYNWAなのだろう。
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それでも恋するFCバルセロナ~CL16 2nd leg アーセナル戦 [海外サッカー]

あいかわらず強いなあ。というのがFCバルセロナへの印象。
2011年3月8日(火)ノウカンプで、UEFA CLベスト16の2nd leg バルセロナ対アーセナル観戦してきた。


1st legは、圧倒的に押していたバルサだったが、GKのミスもあって2-1とアーセナルの勝利。
従って、バルサが逆転するためには勝利と、相手を無得点に封じることが必要になっていた。

カンプノウの5階席のアーセナルサポーター席は、屋根もなく冷たい風が吹き抜け、目の前には物を投げられないようにネットで区分されていた。


アーセナルの戦い方は、3ラインをコンパクトにして中盤でプレスをかけて、シャビ、イニエスタらに自由にパスを回させないやり方。
モウリーニョがインテル時代にやったドン引きからのカウンターとは違って、いわば普段着のサッカー。

だが、中盤でボールが奪えないし、高く設定したDFラインが逆に相手カウンターを止めるのに四苦八苦状態。
メッシの芸術的な1点目は別として、2点目とPKによる3点目のきっかけも同じだった。




バルサは、中盤の相手3ラインの間で三角形を作って、短いパス交換を行い、パスの出し手は、すぐ次の三角形に移動する従来の攻め方。

これに対して、セスクやウイルシャーがプレスをかけてもボールの後追いばかり。

だが、今回わかったのは、バルサの攻めが怖いのは、敵ボールのときではなく、マイボールになった瞬間だということ。その瞬間、近くのバルサプレーヤーが、猛烈なプレスをかけるてパスコースを限定させて、苦し紛れのパスをカットしてカウンターに持ってゆかれる。
それを避けて、照準の定まらないアバウトなロングパスをだせば、楽々ピケやブスケスがカットして攻撃に転じる。
いわば、アリ地獄だ。

そのパスサッカーをして魅力的といわれるアーセナルだが、バルサのパスサッカーの完成度に比較すると、数段落ちるといわざるを得ない。

この試合で、ファン・ぺルシーが退場にならなければ、との論調も目立つが、私に言わせれば、11人同士でもバルサは3-1で勝っていたということになる。

今年のCLは、やはりどのチームが、こうしたバルササッカーを破れるかになる。

たとえば、徹底的なマンマークで挑むとしたらどうだろう。マイボールになった場合の攻撃にリスクはでるだろうが。自分のマークを捨てて攻撃に転じるのだから、再度そのボールを奪回されるリスクは残る。

あとは、レーハーゲルの監督時代のギリシャのように、ドン引きでバイタルエリアのみプレスを厳しくする。
得点は、セットプレーからの背の高い選手のヘッドで奪う。

ただ、どちらも魅力的なサッカーにはなりそうもない。

だから、世界のサッカーファンが、FCバルセロナのサッカーに恋してやまないのだろう。


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Anfieldに差し込む一条の光~King Kenny is back [海外サッカー]

終わってみれば、3-1。

今季FAカップも含めて2敗しているプレミア首位にホームで土をつけたレッズ。
YNWAを歌うサポーターの顔がいつになく、晴れ晴れしている。ホジソン監督のときと違い、試合中も10分に1回チャントが響いた。「チャ、チャ、チャ、ダルグリッシュ」と。


2011年3月6日(日)リバプールFC対マンチェスターユナイテッドの試合をAnfieldで観戦してきた。

ケニー・ダルグリッシュ59歳、スコットランド生まれ。選手として、レッズで優勝8回、監督として6回。
まさに、Legend中のLegend。現場を離れて10年、サポーターの熱烈な声に応えて、1月末に監督として復帰、その後は1敗しただけで、順位もボトム3から6位まで上げてきた。



戦術的には、ホジソン時代と違い、DFラインを高く保ち、選手間の距離を短くして、ショートパス中心に相手ゴールに迫るやりかたに変更。サイドの大外から、相手DFの待ち構えるペナルティエリアにクロスの放り込み、不調のトーレスに得点のすべてを負わせる攻めから大きく転換した。

特に、この試合で目立ったのは、スアレスが見せたゴールエリアに斜めに突き進むドリブル。
3点のうち、2点はそのこぼれ球をカイトが押し込んだもの。
彼のプレーを観ていると、80年代にプラティと一緒にフランス代表で活躍したロシュトーというウイングに似ていると思った。当時のあだ名が「うなぎ」、するするとDFの間を抜いてゆくスタイルだ。


それに、相手を上回る気迫・ギャラが―が後半に、ナニに見舞ったタックルは通常なら一発退場だと思うが、それも含めてチーム全体で、強豪に立ち向かうハートが全員にシンクロしていた。
あのタックルで、熱くなりすぎたラファエルや、ルーニ―に代表される不思議に冷静すぎたメンバーなどマンUのチームには温度差があった。

さらには、ケニーに監督が代わってから、ケリー等ユース育ちの若い選手を登用し始めている。
これは、ベニテスやホジソンの結果のために切り捨ててきた選手起用を見直してものだ。
気のせいか、ジェラードの動きにも切れが戻ったようだった。


サポーターにとっては、うれしい限りだろう。


Anfieldは、試合途中から晴天に恵まれ、明るい光がピッチを照らしていた。
あたかも、レッズの未来のように。



 
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