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最高のバナー“Not in my lifetime” ~マンC優勝 [海外サッカー]

 そのバナーは、ロスタイム終了後、ピッチに乱入してきたサポーターの一人によってTV画面に登場した。
「Not in my lifetime」
省略せずに書くなら、I never imagined my team would win the Premiere League in my lifetime.となるのだろう。
「自分の生きている間に、我がマンチェスター・シティがプレミアで優勝することなど無いと思っていた」と訳せるか。

プレミアの放送中にスタンドのバナーが移されることは多々あるが、これほどまでに、その場の劇的な勝利について、言いえて妙のものにはついぞお目にかからなかった。

勝利しか優勝の望みがないのに、90分が終了して1-2とAWAYのQPRにまさかのリードを許す。
しかも、相手は10人だ。自陣PA内に閉じこもって、守るしかない状態。
だが、シティは攻めあぐねた。

ジェコ、バロッテリを投入して上から下から怒涛の攻め。

ロスタイム、何本目かのCKをダシルバがけると、ゴール前、ワンフェイクいれて飛び上がったジェコにドンピシャリ、これで1点差。

さらに、もうあと1分でロスタイムも終わるかというところ、ゴール前の混戦からアグエロが絶妙の持ち出し二あにズドン。

TVカメラが揺れる。画面がぶれる。スタンドが揺れた。
そして、コーナーフラッグ付近に歓喜の輪ができた。
こんな試合をTVとはいえ見れるのは、まさしくNot in my lifetimeだ。


試合後の優勝セレモニーでシティのレジェンドが登場したが、懐かしい顔をみつけた
ジョー・コリガンに続いて、何とトニー・ブックがいたのだ。
1976年5月にシティが来日して、まだアマチュアだった日本代表と親善試合をやったときの監督。
当時38歳だったから、もう70くらいか。
なぜ、覚えているかといえば、その試合の残り5分で監督自ら選手交代してピッチにでてきたからだ。
ずいぶんと、当時の日本代表もなめられたものだと覚えている。ちなみに、日本には永井・奥寺・落合・大仁・清雲らがいたのだが、試合は主力のデニス・チュアートらの得点で、シティの3-0完勝。

聞けば、シティがタイトルをとるのは44年ぶりとか。



昨年のなでしこのW杯優勝時に同じ思いを馳せた日本人も多かったのではないか。
いつ、日本の男子チームに対して「Not in my lifetime」と叫べる日がくるのだろう。
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